実家の捨て活 80代の母と60代の娘の戦い 

 母は以下の性質があり、その結果、汚部屋の住人になっています。母の名誉のため付け加えると母は人一倍働き者で怠け者ではありません。しかし、いくら働き者でも物が多いと掃除が行き届かず、汚部屋住人になってしまうのです。
 ・物が捨てられない。→高価だったもの、人から頂いたものなど特に捨てられない。
 ・趣味が多い。(特に手作り系)→材料と作品ダブルパンチ
 ・分類や整頓が苦手。→ 物の定位置が定まっておらず再び既にあるものを買うのもしばしば。
 ・集めるのが好き。→ 貝の蓋、空き瓶、空き容器、リボン、ボタン、使用済み切手・・・
 ・他所から不要になった家具をもらう。→ その家具にまた物を詰め混んでの繰り返し
 ・木材で収納棚を自作する。→ 器用なのはいいことだけど、これまた物を詰め込んでの繰り返し

母と娘 汚部屋にまつわる戦いの歴史

母30~40代半ば 娘10代~学生時代 ~整理整頓が苦手な母~

 このころは一緒に暮らしていたので定期的に私が片付けをしていました。そのころから気づいていたのは母が分類したり系統だった整理をするのが苦手という事でした。例えば台所の引き出しに台所とは関連のないものが出てきたり、ベルマークの切り抜きがいろんなところから出てきたりなど。
 それでも物の多さで口喧嘩になることはなかったように思います。

母40~60代 娘20~40代 ~帰省の度に口喧嘩~

 私は20代前半で実家を離れ遠方で暮らしていたため、実家に帰るのは年に1回~数年に1回でした。行くたびに物が増え、口論になることもしばしばでした。
 私は物の多い実家にうんざり、母は私の小言にうんざりといったところでしょうか。それでも一緒に暮らしているわけではないので大喧嘩になることは避けられていました。電話で話をする分には私も物の多さを目にすることはないし、したがって私が小言をいうこともないので普通に仲良くできていました。

母70~80代前半 娘50~60代前半 ~諦め~

 このころになると母も体力的にも衰えが見えてくるようになり、私は「ものを減らして」と小言を言う事を控えるようになりました。年をとった母に精神的に負担になるようなことを言いたくなかったからです。相変わらずというか以前にも増してものが増えていましたが母が生きているうちは仕方ないと思うようになりました。母の死後にこの汚部屋を片付けることになるのだろうと諦めの境地になっていました。

母80代前半ば 娘60代半ば ~安全な居住空間を目指したい~

 前見出しのころから状況が変わりました。母が転倒して膝を悪くしてしまったのです。膝が痛いらしく私も危機感を感じました。聞くところによると高齢者の転倒は家の中が圧倒的に多いらしいのです。また、転倒→寝たきり→認知症になるケースも多いと聞きます。
 少しでも安全に暮らしてほしいので再び「ものを減らそう」と母に提案することにしました。ただ、母が自分で家具を運んだり配置換えしたりすることができないため、私や母の知り合いの業者さんが実際に物を移動したり廃棄したりすることになります。母には物の移動や廃棄の許可をしてもらうだけになります。そのためにも母を説得する必要があります。

2026年7月中旬帰省 ~何もできず空しい帰省~

 電話で「安全に暮らすためには物を減らすしかない。勝手に捨てたりしないからリビングだけでも片付けさせて。」と言い続けた後、別件で帰省することになりました。「少しでも安全になるように片付けるぞ」という意気込みで実家に行きました。特に母が寝ているところは大きな家具が前方にあり地震が来たらと思うと気が気ではありません。「この家具だけでも移動させて(本当は廃棄してほしいのが本音)」と言いましたが全く同意が得られず煩がられてしまいました。結局はるばる遠方から片道5時間もかけて帰省したのになにもできず、どっと疲れてしまいました。
 「どうしたら母にわかってもらえるだろう」これが課題です。

2026年7月下旬 ~母の気持ちの変化~

 いままで私がYouTube動画等で得た捨て活関連の知識を電話で話しても一向に母の心を動かすことができませんでした。だめ元でLINEに直接YouTube動画を送ってみようと何本か送ったところ母の気持ちが少し変わったようです。母の気持ちを変えた動画は、下記です。
 こちらで最初に玄関の片付けを推奨しているのですが母から電話があり「靴箱のお父さん(数年前亡くなっています)の靴を処分することにした。」とのこと。内心では「まだ処分してなかったの?」と思いましたが大きな一歩だと思いました。

2026年7月28日 ~熊本地震 福岡県の実家も揺れた~

 実家は福岡県です。かなり揺れたらしく私も心配になりました。特に母が寝ているリビングは大きな家具が配置されているのです。次回は絶対リビングの大きな家具を移動しようと思いました。

2026年8月上旬帰省 ~少し前進~

 今回の帰省では前回と違い、母に判断してもらい45ℓゴミ袋5袋分は出せました。
 また、一番気になっていたリビングの大きな家具も移動できました。それに加え、食器棚に入っている食器類も数を減らすことができました。本当はAFTER写真の半分位にしたかったのですが母の意向を汲んでこのようになりました。BEFOREは奥までぎっしり、AFTERは奥の方は入れてない段もできました。正確に数えていないですが3分の1ぐらいにはなったと思います。
 玄関回りの植木鉢も整理、植え替えして半分くらいにしました。
 今回は重いものを運んだり運動量は多かったのですが前回に比べると余り疲れませんでした。

説得のこつ

 捨てるのは抵抗があるみたいですが「寄付するから」というとすんなり手放せる物も結構ありました。飾り物でいうと、取っておく物:寄付にする物:捨てるもの=4:3:1ぐらいでした。

びっくりエピソード

 今回食器棚の周辺の食料品もチェックしました。賞味期限切れは有無を言わさず処分できると思ったたのですが・・・。
 賞味期限切れの缶詰を私が捨てようとすると「これは製造年月日だからまだ食べられる」とか「缶詰はいつまででも食べられる。」とか意味不明なマイルールを主張してきました。試しに賞味期限が2年も過ぎた豆の缶詰を空けてみたところ色が変わっていました。やっと納得して捨ててくれました。
 やはり3年ほど賞味期限が過ぎた黒豆茶、私が「捨てるよ~」と中身を取り出し可燃ごみの袋に入れましたが数分後、母がこっそり取り出して空き瓶に入れていました。強者過ぎる。

コメント

タイトルとURLをコピーしました